木下グループpresents No.9 -不滅の旋律-

お祝い花ご辞退のお知らせ

「No.9」公演におきましては多くの贈呈花が予想されるため、ロビー混雑緩和と安全上の都合により、東京、大阪、横浜、久留米全公演でスタンド花、アレンジ 花、鉢花( 楽屋花を含む)、デコレーションオブジェ等を全てお断りさせていただくことに致しました。
ご理解とご協力をお願い申し上げます。

公演実施に関する
重要なお知らせ

Story ストーリー

1800年、刻々と変化する政治情勢の影響を受けつつも「音楽の都」として栄えるオーストリアの首都ウィーン。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(稲垣吾郎)は、豊かな音楽の才能に恵まれながらも、
その複雑で偏屈な性格のため、行く先々で騒ぎを起こしていた。
しかも以前から不調だった聴覚の障害が、次第に深刻さを増していく。
身体のうちにあふれる芳醇な音楽と、現実の不幸の間で引き裂かれ、心すさむベートーヴェン。

だが彼の才能に理解を示すピアノ職人のナネッテ(村川絵梨)とヨハン(岡田義徳)のシュトライヒャー夫妻や、ナネッテの妹マリア(剛力彩芽)、二人の弟ニコラウス(前山剛久)とカスパール(橋本淳)らとの交流が、少しずつ音楽家の内面を変えていく。
病に身をすり減らしながら、頭の中に鳴り響く音楽をひたすら楽譜に書き留め、名曲を生み出し続けるベートーヴェン。
全身全霊を傾けて作曲した「交響曲第九番」が完成し、演奏会で奏でられた時、彼の心の内に響いたものは……。

Chart No.9 人物相関図

schedule

1770年
神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ)のボンに生まれる。
祖父は楽長まで務めた宮廷歌手であり、音楽家の家系だった。
1774年(4歳)
家計を支えていた祖父が前年に死去し、生活は困窮。
この頃より、父ヨハンから虐待ともいうべき音楽教育を受ける。
父も宮廷歌手だったが、酒好きでほぼ収入はなかった。
1778年(8歳)
ケルンで父の弟子と共に初めて公開演奏会を行う。
1781年(11歳)
ネーフェに師事。オルガン、ピアノ、作曲を学ぶ。
1782年(12歳)
最初の作品『ドレスラーの行進曲による九つの変奏曲』出版。
1787年(17歳)
ウィーンを訪れ、モーツァルトに会う。
母の急な病状悪化でボンに戻るが、死に立ち会えず。
家計を支える一方、酒に溺れる父や二人の弟の世話に追われる。
1792年(22歳)
ウィーンに行き、ハイドンに弟子入り。作曲法を学ぶ。
父ヨハン死去。
1798年(28歳)
この頃より作曲家として有名に。一方で、難聴のきざしも表れる。
1802年(32歳)
難聴が決定的となり、「ハイリゲンシュタットの遺書」を書く。
1816年(46歳)
補聴器がほとんど役に立たないほど聴力が減退し、会話帳を使い始める。
1818年(48歳)
『交響曲第九番』着想。
1824年(54歳)
『交響曲第九番』ウィーンで初演。
聴衆は熱狂したがベートーヴェンは喝采に気づかず。
1826年(55歳)
甥カール自殺未遂。
1827年(56歳)
嵐の中、肝硬変のため生涯を閉じる。
葬儀には数万人もの市民が参列した。

schedule

ベートーヴェンが書き上げた9番目にして最後の交響曲。初演はウィーンのケルントネル門劇場。
当時すでに聴力を失っていたベートーヴェンには拍手が聞こえず、聴衆の喝采に気づかなかったという逸話がある。
古典派以前のあらゆる音楽の集大成的な側面を持ち、なおかつ、来るべきロマン派音楽の時代の道標となった、記念碑的な大作といわれている。「歓喜の歌(喜びの歌)」と呼ばれる第4楽章の旋律は、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す』からの抜粋を一部ベートーヴェンが編集して、曲をつけたもの。こういった独唱&混声合唱の導入や、大規模なオーケストラ編成、1時間を超える長大な演奏時間など、それまでの交響曲の常識を打ち破る大胆な要素を多く持ち、 シューベルトやブラームス、ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチといった後世の作曲家たちに多大な影響を与えている。

ヴィクトル・ヴァン・ハスラー

商人。ヨゼフィーネの父の知り合いとして、ベートーヴェンの音楽の才能を理解し、当時台頭していたナポレオンのための曲を作ることを依頼し、商売を持ちかける。後に、実はナポレオン派のスパイであったとして、秘密警察に追われることになる。

フリッツ・ザイデル

警察官。アンドレアスの友人でもあり、よく工房に出入りし、アンドレアス夫婦とマリアと親しくしていた。後に時代の情勢が変わり、ナポレオンの形勢が不利となると、台頭してきたメッテルニヒ大臣の秘密警察となり、音楽で全てを屈服させてしまうベートーヴェンに当てつけるかのように権力を振りかざし、尊大な態度をとるようになる。

ヨゼフィーネ・フォン・ブルンスヴィク

貴族の女性。ベートーヴェンの恋人であったが、当時としては平民と貴族の結婚はあり得ないことだった為、平民のベートーヴェンではなく、父親の強い勧めで貴族男性と結婚する。結婚はできずとも想いはベートーヴェンにあると打ち明けるが、ベートーヴェンは激しく怒り別れを言い渡す。その後夫が亡くなり、ベートーヴェンの元に戻る。しかし、ベートーヴェンと結婚することは子供の身分を落とすことになると、また別の貴族の男性と再婚する。その後男爵と再婚したが、生活が困窮し、夫が行方不明になり借金をかかえると、またまたベートーヴェンに助けを求める手紙を出し、更に翻弄する。

ヨハン・ネポムク・メルツェル

評判の高い発明家であるが実業家の側面が強く、時としてそれがお調子者のように見えることもある。ベートーヴェンに作曲を依頼した楽曲、ナポレオン軍の敗北をテーマにした交響曲『ウェリントンの勝利』は町中で評判になり、ベートーヴェンが優れた音楽家であることが周知となるほどの盛況となる。しかし僅かな報酬しか支払えなかったことで、それまで度々ベートーヴェンに邪険にされてきたが、ついに罵倒され口論となる。

ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャー

ナネッテの夫でピアノ職人。著名なピアノ職人であったナネッテの父から引き継いだ工房を夫婦で切り盛りしている。妻の方が優れた職人であることを認識した上で、ピアノ作りに生涯を捧げ、音楽と共に生きている妻やマリアを温かく見守る。

ナネッテ・シュタイン・シュトライヒャー

女性でありながら、ピアノ作りで著名だった父のピアノ工房を夫と共に切り盛りするピアノ職人。ベートーヴェンが難聴であるとわかっていながらも、彼の要求する困難に思える新しいピアノ製作の注文に答えようと採算度外視でピアノ作りに没頭。音楽家としての彼を想い、支えている。

ヨハン・ヴァン・ベートーヴェン

ベートーヴェンの父。酒に溺れ、ベートーヴェンの幼少期に暴力を伴う激しい音楽教育を施していた。既に故人だが、ベートーヴェンの前に幻として現れる。

ヨハンナ

カスパールの妻。カスパールとの結婚を反対され、結婚後もベートーヴェンに目の敵にされる。カスパールの死後、息子のカールの後見を巡ってベートーヴェンと激しく争うが、結果カールを強引に奪われることになる。

カスパール・アント・カール・ベートーヴェン

ベートーヴェンの次弟。父親が酒におぼれていたためにベートーヴェンに末弟ニコラウスと共に養われていた。成長してからも兄弟3人で生活をし、ベートーヴェンを支えていたが、ベートーヴェンにヨハンナとの結婚を執拗に反対され疎遠になっていた。
もともと病弱ではあったが、病に犯され自分の死期を悟り、息子カールの将来のためにと、ベートーヴェンと再会をし、後見人になってほしいと懇請する。

カール・ヴァン・ベートーヴェン

カスパールの息子。父親の死後、ベートーヴェンに引き取られる。自分の後を継ぐ音楽家にするために母親から離され、厳しい教育を施すベートーヴェンに悩まされ反発し、終には自殺未遂をはかってしまう。

ニコラウス・ヨーハン・ベートーヴェン

ベートーヴェン3人兄弟の末弟。次弟のカスパールと共に幼い頃ベートーヴェンに生活を養われ、その後難聴である兄のベートーヴェンと行動を共にし、支えている心優しい青年だが、ベートーヴェンのわがままな気性に振り回され、若干うんざりしている。メイドとしてマリアに想いを寄せる。

マリア・シュタイン

ピアノ作りで著名だった父を持ち、その後を継ぎ職人となった姉夫婦とピアノ工房を切り盛りしている。工房に訪れたベートーヴェンに率直に演奏会の感想を述べ、彼の音楽の才能を認めながらも聴力を疑い、真相を探るべくメイドとなる。共に生活する中でベートーヴェンにいつしか惹かれている自分に気付くが、ベートーヴェンのその素晴らしい音楽を支えていくために彼の代理人となる道を選ぶ。その後、マリアの大きな愛と支えもあり、ベートーヴェンは難聴でありながらも次々と多くの名曲を生み出していく。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

権力や貴族・身分の違いにへつらうことを嫌い、誰に対しても慇懃無礼に振舞っている。性格も細かく、偏屈なためメイドも次々辞めていき、同居する兄弟たちも辟易している。(愛する女性には徹底的に献身的になる面もある)
徐々に衰えていく聴力と、暴力を伴う教育をしていた厳しい父の幻影に悩まされるが、自分の頭の中にある完璧な音楽を信じて、幾度も絶望と混乱を繰り返しながらも作曲に没頭する。